浄閑寺

吉原から少し離れた処にある寺。
『投げ込み寺』として有名。

供養塔


正式には、新吉原総霊塔。
安政の大地震の折り、多くの遊女が死亡し供養塔が建立されたのが始まり。
現在の総霊塔は昭和4年頃、浄閑寺23代住職岩野真隆師が中心となって建立されました。(浄閑寺現住職談)
総霊塔の下は納骨堂となっており、昭和以降吉原で亡くなった遊女の遺骨が納められています。塔の横からその内部をうかがえるのですが、ぎっしりと骨壺で埋め尽くされています。
石碑の文章は「生れては苦界 死しては浄閑寺 花醉」。花又花醉(花又花酔)は昭和三十年代に亡くなられた、廓をよく詠んだ川柳作家だそうです。

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